愛なき契約結婚のはずが、クールな御曹司の激しい独占愛に堕とされる
父と同世代くらいだろうか。前髪のない黒髪のボブヘアが凛とした印象の、綺麗な人――。
「あっ」
声をかけようかと口を開きかけた直後、その女性はくるりとこちらに背を向けて、走り去ってしまう。氷室社長が私の視線を追って振り向いた時には、もう彼女はいなかった。
「どうした?」
「タクシーの向こう側からこちらを見ていた女性がいたので、うちにご用かと思ったんですが……」
私がそう言うと、氷室社長は女性のいた方へ回り込み、左右を確認する。
その直後、なにかに気づいて足元にしゃがみ込んだ。立ち上がった彼の手には、小さな箱が。
「これ……さっきの人の落とし物じゃないか?」
社長に差し出されたその箱にはリボンがかかっており、隙間にメッセージカードが挟んであった。今日の日付から考えれば、バレンタインのプレゼントと考えて間違いないだろう。
折りたたまれたカードをそっと開いてみると、女性のものであろう綺麗な字でこう書いてあった。
【拳さん 私はいつまででも待ちます 笛子】
私は一瞬でこのカードの意味、そして女性の正体に気づき、胸が締めつけられた。
拳……それは私の父の名前だ。笛子というのは、おそらく先ほどの女性の名だろう。