*Lily*
雨が激しさを増す廃工場。

逃走犯を追い詰め、伊央は拳銃を構えた。

「そこまでよ! 武器を捨てなさい!」

伊央の叫びが冷たい空間に響く。

しかし、犯人の瞳には狂気が宿っていた。

背後から慧が「先輩、深追いは危険です!」と叫ぶ声が聞こえたのと、銃声が響いたのは、ほぼ同時だった。

「――え?」

衝撃は、熱さとなって伊央の脇腹を突き抜けた。

崩れ落ちる視界の中で、真っ先に目に飛び込んできたのは、自分を呼ぶ慧の顔だった。

いつも余裕たっぷりで、皮肉な笑みを浮かべていた彼が。

孤独な過去を隠し、誰にも深入りしないことで自分を守ってきた彼が。

「伊央……! 伊央!!」

今まで聞いたこともないような、剥き出しの悲鳴。

慧は犯人を取り押さえることすら忘れ、血に染まる伊央を抱き上げた。

「……慧、くん……逃げ、て……」

「黙ってろ! 行かせるわけないだろ……! 僕を一人にするな!」

震える手で伊央の傷口を押さえる慧。

その目からは、彼がずっと拒絶してきた「誰かを愛し、失う恐怖」が溢れ出していた。

伊央の意識が遠のく中、最後に感じたのは、彼女を離さないと誓うような、慧の痛いくらいに強い抱擁だった。
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