偽王子と、甘い偽恋
 案内の先にあった個室へ入ると、臣くんが背もたれを持って椅子を引いた。
 そのまま「座れ」と言いたげに視線を向けてくる。

 なんだか、いつもの私たちじゃないみたい。

 ずっと、こんな風に扱われることを夢見ていたはずだった。
 特別に大事にされて、お姫様みたいに甘やかされることを。

 今、まさにその夢が叶っている状況なのに、嬉しいという気持ちよりも、落ち着かない違和感ばかりが募っていく。

 そこでようやく、気付いた。

 私は別に、臣くんにお姫様扱いをしてほしかったわけじゃないんだ。ただ、私たちらしく過ごせて、くだらないことで笑い合えていれば、それでよかったんだって。

 今は彼の厚意に甘えて、引かれた椅子の前に進んで腰を下ろした。臣くんも向かいの席に座ると、控えていたスタッフに「お願いしていたコース、用意してもらえますか」と手配を済ませる。

 スタッフが恭しく一礼して下がると、部屋の中には私達二人だけになった。

 いつものお店のような、食欲をそそる料理の匂いもしない。部屋に満ちているのは、芳しい花の香りだけ。こんな些細なことですら落ち着かなくなるなんて、自分でも知らなかった。


「ねぇ、臣くん?」

「ん?」

「今日、なんか変だね。何かの記念日だった?」


 思い切って話を振ると、臣くんはふっと微かな笑みを零し、「別に」と短く言葉を返した。

 慣れない振る舞いをして、彼も疲れているのではないだろうか。
 仕事が変わって、誰よりも大変な時期にいるのは彼の方だ。それなのに、私のために無理をさせたくない、という思いが胸を掠めた。
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