偽王子と、甘い偽恋
「…行くの?」

「取引先だし、失礼があるのは困るから」

「…そうだよね」


 わがままが言えるのであれば、行かないでほしいと引き留めたい。

 だけど、仕事も絡んでいると言われれば、そんなわがままは口にできない。

 臣くんの気持ちを疑っているわけでも、信用していないわけでもない。
 だけど、どうしても不安は消えないし、嫌だという嫉妬心が胸を掠める。

 臣くんの頭を押さえていた力がふっと緩んだ。その隙に彼の方を振り向くと、そこにはひどく悩み、迷っているような表情があった。


「…気を付けて行ってきてね」

「挨拶したらすぐ帰ってくる」

「そんなわけにはいかないでしょ」


 珍しく申し訳なさそうな顔を見せる臣くんに、私は少し笑って、優しくその頬を撫でた。すると彼は私の手を掴み、そのまま自分の頬に深く押し当ててきた。

 こんな風に彼が甘えてくるのは、本当に珍しいことだと思う。

 滅多に弱さを見せない人。
 誰かに甘えることを、きっとプライドが許さないのだ。

 これまでの人生、何でも器用に、それなりにこなして、何不自由なく回ってきた。弱さを見せる必要なんて、どこにもなかったはず。

 だから、ほんの少しだけ嬉しかった。
 そんな彼が、心の内側を、少しでも私に見せてくれたことが。


「何笑ってんだよ」


 無意識のうちに口元を緩ませてしまっていたらしく、臣くんは呆れたように私の額を指で弾いた。
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