偽王子と、甘い偽恋
 佐々木さんと会社の方に戻ろうとすると、いつものカフェの前を通った。

 臣くんとの関係が始まってからは、何となく行きづらくなってしまっていた。本性を知った後で、あの営業モードの臣くんに接客されるのは照れくさくて仕方がない。


「…いかないんですか?」

「へ!?」


 佐々木さんの言葉に過剰に反応してしまった。彼女は私の大きな声に驚いたのか、軽く眉をひそめてこちらを見ている。

 何も言い返せずあわあわと唇を動かしていると、佐々木さんはしびれを切らしたように私の手首を掴み、そのままカフェへと足を進めた。


「な~ん~で~!!!!」

「私はコーヒー飲みたいんで」


 有無を言わさぬ口調で店内に入ると、相変わらず混み合っていた。

 カウンターの中で臣くんはコーヒーを淹れ、時折女性客と笑顔で言葉を交わしている。誰にでも向けられる、柔らかい表情の臣くん。

 だけど、あの笑顔の裏側にある冷たさも、性格のいじわるな部分も、すべてを知っているのは私だけ。

 そう思ったら、彼にとっての私は、ほんの少しだけ特別なんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。


(臣くんの特別になんか、別になりたいわけじゃないけど…)


 そう否定しながらも、胸の奥でほんのりと優越感のようなものを感じてしまうのは、一体何なのだろう。

 少し前まで、私だって彼の本性を知らない大勢の女性の一人でしかなかったのに。


「何か、私、醜いです」

「え?」

「特別なことに優越感を感じるんです。この中で、私だけが彼のことを
知ってるって」


 佐々木さんにしか聞こえないような小さな声で呟く。

 別に彼女でも何でもない。何なら他人に近い関係なのに、ほんの少し距離が近づいただけでマウントを取るような思考に陥ってしまう自分が、酷く醜く思えて仕方がなかった。
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