偽王子と、甘い偽恋
「…私には手を出さないって言ってたくせに」

「そこに可愛い女がいたら誰でも抱くって」


 そう言いながら着替える私の髪を、彼は指先でくるくると弄んでいる。

 また調子のいいことを言って、この男は私を惑わそうとしているのだ。
 リップサービスなんかに振り回されてたまるか。

 軽く溜息を吐いて、朝食を作るためにキッチンへ向かった。

 こんなことがあった朝でも、容赦なくお腹は空く。

 食パンを取り出し、トースターに放り込んでタイマーを回した。


「臣くんも食べる?」

「いらねぇ」


 彼はスマートフォンを眺めたまま、ベッドの上から動く様子はない。

 いつもより格好良く見えるのは、一体何の魔法だろう。
 顔もスタイルも、昨日までと何も変わらないはずなのに。
 それなのに、見え方は明らかに昨日までとは違っていた。

 ベッドに座る臣くんを盗み見ると、彼は無表情だった。
 何かを深く考え込んでいるような、そんな横顔で。

 それを見つめている間に、チーンとトースターの音が鳴った。中を見ると程よいきつね色に焼き上がったトーストがあり、それを皿の上に移す。

 マーガリンとイチゴジャムを塗り込み、いつもの席に着く。テレビを眺めながらトーストをかじっていると、背後から足音が聞こえ、自然と視線がそちらに向いた。

 臣くんが後ろからやってきて、私の手首を掴むなり、トーストを大きな口で一口かじり取った。それを見て、私は無性にイラッとする。


「ねぇ、何食べてんのさ」

「一口だけ」

「言ってくれたら焼いたのに!」

「一枚は、いらね」


 そう言い残して、臣くんは洗面所へと向かう。どこまでも自由な男だ。

 私と何かあったとしても、彼は何も変わらない。それが安心するようでもあり、同時に脈がないと突きつけられているようで傷ついていく。

 なんとも言えない、苦い気持ちが胸に残った。
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