偽王子と、甘い偽恋
 しばらく渋谷さんと距離を保ちながら歩いていると、前方に見慣れた人物の姿があった。 思わず足を止め、その姿を凝視する。

 そこにいたのは臣くんで、彼はひどく冷めた、温度のない瞳でこちらを射抜いていた。

 渋谷さんは急に私が立ち止まったことを不思議そうに思い、私の視線の先を追う。それから、すべてを瞬時に察したような顔をして、唐突に私の手を握った。


「は!?」

「いいから、合わせといてみ。これ、貸しにしとくから」


 耳元でそう囁き、彼はそれはそれは完璧な微笑みを私に向けてくる。

 突然の暴挙に何も言えずに固まっていると、渋谷さんはそのまま平然と歩き出す。


「どこ行く?先に居酒屋でどっか飲んでから、俺の家に来る?」


 その言葉は、耳を澄ませていれば周囲に十分聞こえる程度の音量だった。

 渋谷さんの意図が、見えない。


「え、いや…」


 渋谷さん、彼女がいるじゃないですか。

 そんな言葉を口にする余裕はなかった。

 不意に彼が距離を詰め、至近距離にその整った顔が迫ってきたから。

 当然、唇が重なることはない。

 だけど、吐息が触れるほどの距離に、綺麗な顔がある。
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