初恋が始まるとき。
「なんでもないですよ。今日の残り業務を考えてうんざりしていただけです」

「へぇ、今日も残業?」

「そうです。定時って何ですか?って忘れるくらいには定時で帰れてません」

「可哀想に。一緒に残ってやろうか?」

「いても部署が違う人に何ができるんですか?」

「えー、応援?」

「帰れ」

「忘れてるかもしれないけど、俺先輩ね」


 そんな会話をしながら口元に思わず笑みを浮かべる。

 男性の中で私がこんな風に気を許して話せる人、家族以外には渋谷さんしかいない。だから、私にとってはこの人が特別。

 そんな特別な人が私からいつか離れてしまう事を考えて、きっと怯えているのだと思う。

 …その考えに至った時、自分の気持ちがすとん、と腑に落ちた。

 離れるその時はこの人に好きな女性が出来て、恋をした時。そして、物珍しさで興味は持たれても恋の対象になれやしないと思っているから、周りの女性を羨んで妬むのだ。

 私はこの人のその対象になれないと思っているから、今は恋だと認めて追って傷付きたくない。どうせ実らないなら、知られないままの方がいいと自己防衛をしている。

 その考えに気付いた時、つくづく自分の面倒さに呆れた。

 恋をしたことが無くて拗らせた私は、素直になれない。
< 100 / 132 >

この作品をシェア

pagetop