初恋が始まるとき。
「ねぇ、聞いてる?」


 肩をトントンと叩かれそこで意識を戻して、慌てて距離を離した。
 目の前の事に集中出来なくてあの男の事を考えるなんてどうかしている。
 それも目の前に男性が居るのに。


「すみません、何の話でした?」


 そう問うとあからさまに不機嫌な顔で溜息を吐かれた。


「まじで顔だけだな。作り笑顔に会話もつまんねぇ」


 こっちも好きで話しているわけじゃない、とそう言いたかった気持ちをグッと堪え「…すみません」と謝罪をした。

 ここで空気を壊してしまうべきではないと自分を抑え込むことに必死だった。

 男性はつまらなさそうに椅子の背凭れに身を預けスマートフォンに触れていた。

 その間気まずさで抜けようかどうか考えていると「代わって」と耳によく馴染む声が聞こえてきた。

 その声で男性も私も顔を上げると、渋谷さんが少し口元に笑みを浮かべ男性の肩に手を置き押しよける。

 そのまま男性が座っていた椅子に腰を掛け私の方を見る。


「…何ですか」

「つまんない女、だって」

「別にいいです。事実ですし」

「そっか」


 そう言いながらアルコールの入ったグラスに口を付けて、それから離すとグラスに目を向けている。

 この人が一体何をしたかったのか分からない。私をここに呼びつけておいてさっきまで別の女性と楽しそうに話していたくせに。

 おかげで渋谷さんが何を考えているのかばっかり考えて、私はこの男から目が離せなかった。この男の事ばかりで頭いっぱいになった。
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