初恋が始まるとき。
 その翌日、いつも通り経理業務を行っていると「おはよ」と少し上から声が聞こえてきて、それだけでも誰かなんて見なくても分かった。

 顔を少し上げて見てみると、相変わらず腹の立つ顔がそこにあった。
 真顔で渋谷さんの顔を見ていると軽く首を傾げている。


「何ですか」

「いつもの。処理して」

「あ、はい」


 返事をしながら書類を受け取ると、空いているデスクのチェアを私のデスクまで持ってきて隣に座ってくる。

 相変わらず人との距離が近い渋谷さん。
 何度言っても変わらないことはわかっているので何も言わず処理を進める。


「そう言えば土曜日どこ行く?」

「どこでもいいですけど」

「まじ?じゃあ家来る?」

「行きません」

「どこでもいいつったじゃん」


 どこでもと言っても限度があるだろ。

 そうツッコみたい気持ちを堪えて、デスクの引き出しからシャチハタを取り出し、出金伝票の承認印の所に押した。


「じゃあ、当日のお楽しみで」

「何時にどこで?」

「家まで迎えに行くけど」

「いや、最寄り駅とかでいいですよ」

「行くから、11時な」


 この人、昼間にデートなんてするんだ?
 夜にしかデートをしない人だと思っていた。

 勝手な偏見を持ちつつ、会社の金庫室へ向かう。
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