野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)
ますます寝つけないので、昔のことを悲しく思い出していく。
<幼い私は父宮(ちちみや)様のお顔も知らないまま、母君(ははぎみ)と継父君(ちちぎみ)に連れられて東国(とうごく)へ行った。大人になってやっと異母姉(あね)の中君(なかのきみ)にお会いできたと思ったら、二条(にじょう)の院(いん)で匂宮(におうのみや)様に見つかって、中君と気まずくなってしまった。また将来が見えなくなっているときに、薫(かおる)の君(きみ)が私を恋人にして、都に迎えようとしてくださったのだ。全力でそれにすがるべきだった。しかし私は匂宮様になびいてしまった。なんと愚(おろ)かだったことか。匂宮様と関わったせいで、私はこんなふうにさすらうことになってしまったのだ>

宇治(うじ)の山荘(さんそう)から川を渡って隠(かく)れ家(が)へ行ったとき、宮(みや)様は橘(たちばな)の小島(こじま)の常緑(じょうりょく)樹(じゅ)をご覧になって、「私たちの愛も永遠だ」とおっしゃった。
今思えば、そんな口先(くちさき)だけの情熱に感激していた自分が馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しい。
<薫の君はそれほどご愛情深いようには見えなかったけれど、穏(おだ)やかに優しく接してくださった>
あのときも、このときも、とつぎつぎ思い出す。
<こんなふうに生きながらえていることを、薫の君には絶対に知られたくない。でも、いつかちらりとでよいから、もう一度お姿を拝見したい>
と思ってしまって、<あぁ、いけない>と打ち消す。

やっと鶏(とり)の声が聞こえた。
まもなく朝になるのだとほっとする。
<これが母君のお声だったら、どれほど安心できるだろう>
と思いながら、夜が明けていくのを待つ。
結局一睡(いっすい)もできなくて具合が悪い。
お迎えの女房も来ないので、そのまま大尼君のお部屋で横になっている。

大尼君はお年寄りらしく早起きでいらっしゃる。
朝食を用意させて、
「さぁ、あなたも早く召し上がれ」
とおっしゃるけれど、浮舟の君は食欲がない。
恐ろしいいびきをかいていた老(ろう)女房(にょうぼう)たちに世話をされるのも嫌で、さりげなく断った。
それでも無理に進めてくるのだから、気が利(き)かない人たちだこと。
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