地味なカフェ店員ですが一夜の相手が社長で溺愛されています
でも、もう逃げたくなかった。

次の瞬間。

椅子が動く音がして、気づけば抱き寄せられていた。

「……当たり前じゃないですか」

耳元で、低く穏やかな声が響く。

「先に申し上げたのは、俺の方です」

その言い方に、思わず小さく笑ってしまう。

「……そうですね」

腕の中で答えると、抱きしめる力が少しだけ強くなる。

強引ではないのに、離れられない。

「ありがとうございます」

ぽつりと、そう言われる。

まるで、大切なものを受け取ったみたいに。

その温もりの中で。

私はやっと、安心して息をすることができた。

どちらからともなく、距離が近づいた。

言葉にする前に、気持ちが重なる。

そっと触れた唇は、やわらかくて。

拒む理由なんて、どこにも見つからなかった。

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