地味なカフェ店員ですが一夜の相手が社長で溺愛されています
ポットの中で、小さな泡が立ち始める。

コポコポ、と音が変わる。もうすぐ、沸く。

そのはずなのに。

なぜか、この時間が少しだけ惜しく感じた。

彼は、何も急かさない。ただ静かに、そこにいる。

それだけで。さっきまでの焦りが、嘘みたいに消えていく。

「……丁寧ですね」

不意に、彼が言った。

「え?」

「作業が。慌てていない」

少しだけ考えてから、言葉を返す。

「慌てても、美味しくならないので」

「なるほど」

小さく頷く仕草。

それを見て、胸の奥がまた少しだけ温かくなる。

やがて、ポットのお湯が静かに沸き上がった。

湯気が立ちのぼる。

「……お待たせしました」

そう言って、私はドリップの準備に取りかかった。

そのすぐ近くで。

彼の視線が、まだ私を追っている気がして。
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