敗戦の姫ですが敵国の皇帝に狂おしく溺愛されて逃げられません
(……ここで……)

息が詰まる。そっと下ろされる。

背中に触れる布の感触が、やけに冷たい。

逃げたい――そう思った瞬間、指が頬に触れた。

びくりと体が跳ねる。

「玲華と申したか」

低く、静かな声。

「はい……」

かろうじて答える。

蒼玄の指が、ゆっくりと頬をなぞる。

確かめるように。試すように。

「何も恐ろしいことをするわけではない」

その声音に、優しさはなかった。

ただ、淡々とした事実の提示。

「ただ――男女の理を果たすだけだ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、ひやりと冷えた。

(……そう……)

これは愛ではない。情でもない。ただの義務。

人質として差し出された私が、果たすべき役目。

それだけなのだと、理解した。
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