敗戦の姫ですが敵国の皇帝に狂おしく溺愛されて逃げられません
幼い弟の顔が、脳裏に浮かぶ。

まだ何も知らず、剣すら満足に握れないあの子を――

送り出すことなど、できるはずがない。

私は一歩、前に出た。

「父上」

広間の視線が一斉に集まる。

「私が参ります」

その瞬間、父の顔が歪んだ。

「玲華……何を言っている」

「孟の姫として、当然の務めにございます」

声は震えなかった。それだけで、十分だった。

「だが……お前は――」

父は言い淀む。その先の言葉は、言わずとも分かる。

敵国に送られれば、どのような扱いを受けるか分からない。

辱めを受けるかもしれない。命すら、保証はない。

それでも。

「それでも、孟のために参ります」

静かに、言い切った。

この身ひとつで、国が救われるならそれ以上の価値など、他にない。
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