皇命婚と告げた運命の伴侶に恋情を贈る
初対面なのにありえない。

誰かと間違えているに違いない。

軽く首を振った瞬間、視界を銀色のものが掠めた。

さらに自分の腕にさらりと落ちてきた銀髪に気づき、血の気が引いた。


魔術が、とけている……! 


そのとき、彼が目を開けた。

紫色の綺麗な目が大きく見開かれる。

驚いたせいか、少し腕の力が緩んだ隙に急いで離れた。

ベッドサイドに置かれていた交換用のシーツを咄嗟に掴んで頭からかぶる。


『待て……っ!』


先ほどまでの甘い空気が消えて、咎めるような鋭い声が背中から追ってくるが、止まって振り返るなんてできるはずもなく、扉を開け、室外へ飛び出した。

幸いにも廊下に人気はなく、ジクジク痛む右手でシーツを押さえ、砦の外へと必死で脱け出した。

砦のすぐ近くには大きな岩山が幾つもあり、一先ずその陰に身を潜めた。

呼吸を整えていたところ、少し離れた砦から大きな物音や怒号が響き、恐怖で指先が冷たくなっていく。


まさか私がメリハ族だとバレた? 


怖くて震える足を叱咤し、なんとか岩場から出て自邸の馬車を探して、乗り込む。

ろくに手伝いもできず勝手に帰る現状に罪悪感を抱くが、今は考える余裕がない。

幼い頃からよく知る御者は私の奇妙な格好に驚きながらも、余計な詮索はせずにすぐさま馬車を動かしてくれた。

聞きなれた車輪の音とひとりの空間に安堵し、シーツからゆっくり手を離す。

ドクドク鳴り響く鼓動がうるさくて呼吸が苦しい。

手首は焼けつくように痛む。

目をきつく瞑った瞬間、ひどい頭痛に襲われて周囲の音がどんどん聞こえなくなった。
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