ラビット・ボンド
 今日の目配せは、なんかこう……慈悲深かった。
 夢みたいなその瞬間を頭に浮かべる。
 
 私だ、って分かってくれたような目配せだった。これは勘違いかもしれない。でもそれでいい。受け取ったもん勝ちだから。
 握手会や撮影会があったあの頃みたいに直接お話することは激減したけど、まだ私のこと覚えてくれてるかも……なんて、思ってしまった。

 ひょこっ。いきなり目の前にトラオの顔が現れて、ハッとする。
 しまった。完全にとんでた。幸せって恐ろしい。ある種の麻薬みたいだ。
 
 私の顔を覗き込んだトラオと目が合って、ごまかすように瞬きをする。

「ふはっ。また怖い顔してる」

 レディの顔を怖いとは、本当に失礼な男だ。



 他愛もない話をしたりしなかったりしてると、15分なんてすぐに歩けてしまう。
 数メートル先の横断歩道を渡れば、もう駅だ。さすがに駅前は人通りが多い。トラオはここまでにした方が良さそうだ。
 歩くスピードを緩めると、すぐにトラオも同調した。
 
「リカちゃん」

 トラオの声を合図に、端に寄って足を止める。向き合うかたちになって、私は少し緊張した。
 わざわざやって来たのだ。何も、他愛もない話をしたかったわけじゃないはず。
 きっと、本題がある。

「――連絡先、聞いたら怒る?」

 相変わらず呑気な口調だけど、さっきより声が小さかった。ビビってんのかもと思うとちょっとかわいい。
 
 まあ、そんなことだろうと予想はついてた。
 
 あの夜は海外リゾートって雰囲気もあったから、別にナンパくらいするか……って深く考えなかった。翌朝に連絡先聞いてきたときも、ノリみたいなもんだろうなって思ってた。
 でも、わざわざ美月ちゃんのイベントまで調べて、会いに来た。私だってバカじゃないから察する。

 察しながらも、駅までの道で自問を繰り返してた。
 ――そんなことだろうけど、そんなことある?
 でも自問したところで私に答えは出せないし、だんだん考えるのも面倒になってきた。
 もう、本人に聞くしかない。
 
 あのさ、と私は口を開いた。

「違ったらウケるけど……もしかして、私のこと口説いてる?」
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