ラビット・ボンド
「じゃ、カンパーイ」

 運ばれてきた瓶ビールをグラスについで、トラオが言う。
 私は、渡されたグラスを手に取って、そのまま固まった。

「何に!?」

「えー?」

「何に乾杯!?」

 とても乾杯できる精神状態ではない。
 さっきのツーショットだけではなく、今までのトラミミがフラッシュバック。トラオの顔が視界に入るだけで、感情がぐちゃぐちゃになる。

 謎ギレする私を、トラオはただ面白がっていた。
 
「おねーさんが、世界一会いたくない男に会っちゃった記念?」

 ああ、なるほど。それは紛れもなく事実だ。滅多にないことだし、記念といえばそうかもしれない。
 納得している隙をついて、トラオがグラスを近づけてきた。

「じゃ、そういうことで。カンパーイ」

 くりっとした瞳にみつめられて、一秒。
 グラスを持つ手が、引き寄せられるように伸びていく。
 
「か、かんぱーい」

 カチャン、とグラスが音を鳴らす。気付けば乾杯をしていた。

 何!? 怖っ!
 完全に吸い込まれた。操られてるみたいだった。
 
 グラスに口を付けながら、トラオの様子を伺う。ぷはっ、とおいしそうにビールを飲んでいた。
 
 映画の舞台挨拶で、何度か直接トラオを見たことがある。でも美月ちゃんがいたから、こうしてまじまじと顔を見たことはない。
 
「ん?」

 私の視線に気付いて、トラオが首を傾げる。
 首の角度、目の温度、口角の上げ方。全てにおいて完璧で腹が立つ。自分の魅せ方を知りつくしてるんだろう。
 
 さっきの乾杯させられた感覚を思い出す。怖い。怖すぎる。
 この男、かわいい顔していったい何者なんだ……。
 
「魔術師!?」

「まじゅつし~?」

「いや、なんでもない。こっちの話」

 心の声まで駄々漏れてしまった。恐ろしい。気をつけねば。
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