空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
「……桐生さん。さっきも言ったが、君の丁寧な仕事は評価している。君が望むなら、他支店への異動を推薦するという選択肢もある」
思いがけない提案に、仄香は顔を上げた。
「ただし、今の役職で空きのある支店は限られている。現実的には、かなり遠方になる可能性が高いがね」
その一言で、思考が止まった。この提案を受ければ、拓翔と離れて暮らすことになる。
ようやく手に入れた、自分を大切にしてくれる場所。大好きな人と一緒に過ごせる幸せな時間。
それを手放すという選択肢は、仄香の中に最初から存在していなかった。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが……その選択だけは、できません」
小さな声だったが、そこに迷いはなかった。
「……そうか」
短く返した支店長は、それ以上引き留めることはしなかった。
その後、数十分にわたる話し合いの末、仄香の退職が正式に決まった。
母は今後出入り禁止とし、仄香自身も表に立つ業務は避け、数日間の裏方作業で最低限の引き継ぎを行ったのちに自主退職という形を取ることになった。
すべての話し合いが終わって席を立ち、裏口から外に出た。
十年近く働いてきた場所をこんな形で離れることになるなんて、思いもしなかった。こみ上げてくる空白のような感覚に足を止めかけながら、震える手でスマートフォンを握りしめる。
そうして一人、今の自分の唯一の居場所となった部屋へと、重たい足取りで向かっていった。