空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜


 そんなある日の朝、里穂が何気ない口調で言った。

「そうそう。私、今夜は拓翔とディナーで、夜はいないから」

 それはまるで、「ちょっとコンビニ行ってくる」とでも言うかのような軽さだった。仄香の指先から、力無くタオルが滑り落ちる。

「え……」

 一瞬、鼓動が止まり、そのあと一気に早まる。理由を聞くことも、引き止めることもできなかった。

 ただ無言で立ち尽くす仄香をよそに里穂は鏡の前で唇の色を確かめ、薄く笑う。

「昨日の夜にね、拓翔から誘われたんだあ」

 勝ち誇ったような声音で、わざとらしく唇に指先を当てる。その表情には、仄香の反応を楽しんでいるような色が滲んでいた。

「さすがは里穂ね」

 ソファに腰かけたまま、母の声が軽やかに響く。

「何もしなくても男のほうから寄ってくるんだから。やっぱり私の娘だわ」

 テーブルの上には、使いかけのマニキュアと雑誌。爪を乾かしながら鏡越しに笑う横顔は、どこか満足げだ。

「その顔は宝よ。大事に使いなさい。あなたは、選ばれる側の人間なんだから」

 まるで自分の手柄でも語るような声音。仄香のほうを一瞥することもなく、濃いピンクのネイルに視線を落としている。

 対照的に、里穂はゆっくりと視線を滑らせ、唇の端を上げた。

「ほんと、“私は”お母さんに似てよかったあ」

 二人の間で交わされる笑いは、どこまでも滑らかで、冷たい。

 体の奥で、何かが軋む。そこから込み上げてくるものを感じても、うまく外に出せない。

 ただ呆然と立ち尽くしたまま、指先だけが小さく震えていた。

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