空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
その日一日、仄香は時間の感覚を失ったまま過ごしていた。仕事をこなし、同僚と言葉を交わし、いつもと変わらないふりをして帰路につく。
夜道を進み、見慣れたはずの家の明かりが視界に入ると、途端に足がすくんだ。
それでもどうにか進んで玄関の扉を開けると、家の中は静まり返っていた。母も今夜は出かけているのか、人の気配がない。
久しぶりに訪れた静けさなのに、安らぎとはほど遠く、ただ空間だけが不自然に広がっているように感じられた。
(このまま、帰ってこなければいいのに──)
息を潜めるようにリビングの隅へ向かい、荷物を置くと、そのまま浴室へ向かう。食事をとる気にもなれず、シャワーだけを浴びて、無造作に着替えを済ませた。
戻ってきても、何かをする気力は残っていない。劣化して薄くなった布団を敷き、埋もれるように身を沈める。
壁際に寄せたその小さなスペースだけが、仄香に許された場所だった。
やがて深夜近くになり、カチャリ、と玄関の鍵がひねられる音が響く。
その瞬間、身体が強ばった。
脱ぎ捨てられたヒールが床を打つ音が、一定の間隔で廊下を進んでくる。軽く弾むような足取りと、かすかな鼻歌がそこに混じる。
そしてリビングのドアが開き、ふわりと嗅ぎ慣れた香水の匂いを連れてきた。
(……どうか、こっちに来ないで……)
祈るように目を閉じた、その直後だった。