空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
テレビの音、母の小言、洗濯機の回転音。仄香はいつものように台所に立ち、洗濯物を干し、仕事に出かける。いつもの手順通りに体を動かすだけで、どうにか自分を保っていられた。
「ちょっと仄香、あんたに頼みがあるんだけど」
明るく弾む声に、仄香は洗濯かごを抱えたまま、ほんの一瞬だけ顔を上げる。
(姉さんが、私に……頼み事?)
嫌な予感が、経験として身体に染みついていた。
「私、週末に拓翔とまたデート行くんだけど」
聞いてもいないのに、里穂は楽しげに話し始める。
「次は拓翔の車で海沿いの公園に行くの。公園とかちょっと萎えるけど、まあいいわ。ちなみに、デート用のワンピはクリーニングに出してるから、取りに行っておきなさいよ」
声は弾み、話は止まらない。まるで仄香に聞かせることを楽しんでいるかのようだった。
仄香は無表情のまま、その言葉をただ受け止める。
「それでさあ、たまには私も家庭的なところを見せておこうかなって。あいつ母親いないし、そういう女好きそうじゃん?」
「………」
「だから当日のお弁当、あんたが作ってよ。どうせ暇でしょ?」
「……え?」
命令とも、冗談ともつかない声。言葉の端に、薄く笑いが滲む。
(なんで私が……)
思わず心の中でこぼれた疑問が、わずかに顔に出たらしい。里穂は目を細めて、楽しそうに笑った。
「大好きな“拓ちゃん“のために何かさせてあげようって、私なりの優しさじゃない」
「……っ」
喉の奥がツンと痛む。何か言い返したい衝動が、泡のように浮かんでは弾けた。これまでに植え付けられてきたた恐怖が、言葉を発することをさせてはくれなかった。