空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
だが、その“調整役”がいなくなってからというもの、家の中にあった微妙な釣り合いは完全に崩れ落ちた。
母と姉の意見だけが家族のすべてとなり、仄香の声は、最初から存在しないものになった。
こみ上げてくる虚しさを振り払うように、仄香は黙ってキッチンへ戻り、味噌汁に火をかけた。
「ええ〜?また和食ぅ?」
不満げな声に、仄香の肩がぴくりと揺れる。里穂の機嫌が悪くなると、何が飛んでくるかわからない。手が出ることだって、決して珍しくはなかった。
「私、今日は洋食がよかったのにぃ。毎日毎日馬鹿の一つ覚えみたいに卵焼き。いい加減飽きたんだけど」
母も呆れを隠さず、姉に便乗する。
「それくらいの気も遣えないなんて、いちいち言わないと何もできないの?」
「ほんと、期待するだけ無駄ね」
言葉が重なるたび、胸の内側がきゅっと縮み、視界が狭くなる。いつしか二人の前では声を出すことさえ、怖くなっていた。
(だって、食費が……)
仄香の給料は決して多くない。それでも今、この家の生活費の大部分を支えているのは、そのわずかな収入だ。
母は父の残した保険金を当てにして贅沢をし、姉は自分の給料を好きなだけ使う。高卒で働き始めた仄香の薄給だけが、ぎりぎりのやりくりで家計を回している。
それを知っているはずなのに、二人が省みることは一度もなかった。
母は仄香を見据え、吐き捨てるように言う。
「……ほら、まただんまり。ますます“あの男”に似てきたわね。そうやって逃げる顔」
仄香はまたひとつ、呼吸が浅くなるのを自覚した。