空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
日ごとに酷くなる母と姉の態度に疲れ果て、父は他の女のもとへ逃げた。そして、事故であっけなく死んだ。
その“裏切り者”と同じ顔をしていることを、母はまるで恨みをぶつけるように仄香に突きつけてくる。
「社長だから冴えない男でも結婚してやったのに、不倫した挙句、会社も株も全部副社長に持ってかれて、私には何も残らなかったのよ。その上出来損ないの娘があの男に瓜二つなんて……ほんと、我慢ならないわ」
仄香は何も言わない。隣では里穂が、楽しそうに口元だけで笑っている。
「……ごめんなさい」
何に対する謝罪なのか、自分でも分からないまま言葉がこぼれた。
仄香は無言のままその場を離れ、手だけを動かして家事を片づけていく。洗濯機を回し、浴室とトイレの掃除を終えるまで、なるべく音を立てないように気をつける。床も排水口も、誰かの視線から逃げるように黙々と磨いた。
その間に里穂は朝食にほとんど手をつけないまま身支度を整え、立ち上がる。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、里穂」
母の声だけが明るく弾む。仄香は何も言わず、食器を下げる手は止めない。
食べ残しの残るプレートを洗い、元の場所に戻す。水仕事で荒れた指先が、今日は少しだけ震えていた。
すべての家事を終えてようやく外出の支度を整える頃には、リビングの空気はさらに重く沈んでいた。母の気配は声を発さなくても家中に広がり、背筋を固くさせる。
「行ってきます……」
ほとんど届かない声で呟き、仄香はドアを開けた。
外の空気に触れた瞬間、体じゅうにこびりついていた緊張がわずかにほどけた。
今日もまた、この家から一歩だけ離れることができる。その感覚だけを頼りに、仄香は静かに歩き出した。