10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
この2週間、社長と同居して分かったことがある。
それは――社長は、私が思っている以上に世話焼きだということ。
最初は少し気を遣ってくれているだけだと思っていた。でも、それにしては度が過ぎている。
私がキッチンに立てば、いつの間にか隣に来て「それ、切ろうか」とか「こっちはやっとく」とか、当たり前みたいに手伝ってくるし、そろそろ掃除しないとな、と思っていた場所は、気づけばもう綺麗になっている。
しかもそれが一度や二度じゃない。完全に、先回りされている。
さらに、少し疲れて一息つきたいなと思ってソファに座れば、タイミングを見計らったかのように「梨沙、なにか飲む?」なんて声をかけてきて、断る間もなく温かい飲み物が目の前に置かれる。
正直、ありがたい。ありがたいんだけど……ここまで来ると、逆に落ち着かない。
何もかも先回りされるせいで、気づけば私は料理とお風呂以外、ほとんどリビングにあるあの大きなソファから動けていないのだ。
「自分でやりますよっ!」と何度言っても、「梨沙は休んでて」と軽く流されてしまう。そのたびに、いや、私ずっとソファに座っているだけなんですが?と心の中でツッコミを入れることになる。
こんな生活、どう考えてもおかしい。監視って名目だったはずなのに、いつの間にか完全に世話を焼かれている側になっている気がしてならない。
これじゃあ本当に、ただ甘やかされているだけじゃないか。そう思うのに、強く拒否できない自分がいるのが、また厄介で。
だって、その一つ一つがあまりにも自然で、押しつけがましさがなくて、気づいたときにはもう受け取ってしまっているから。
こんなの、ずるい。こんなふうに当たり前みたいに優しくされたら、勘違いしそうになるに決まっているのに。
どうしてこんなことでいちいち心が揺れるのか、自分でも分からなくて、画面に映る数字を見つめながら、まとまらない思考にそっとため息を落とした。