10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
打ち合わせ当日、会議室にはいつもより少しだけ張りつめた空気が漂っていた。
私は経理担当として、契約条件の確認資料と支払スケジュール表を手元に揃え、席に着く。
これは仕事だ。そう何度も心の中で繰り返しながら、余計な感情を押し込めるように呼吸を整えていると、ドアが静かに開いた。その瞬間、空気がわずかに動く。
「セントリック・グローバルコンサルティングの佐藤です。本日はよろしくお願いいたします」
そう言いながら入ってきたその人物は、室内を一度だけ見渡し――そして、私の顔で視線を止めた。
一瞬。ほんの一瞬だけ、明らかに動きが止まる。
目がわずかに見開かれ、言葉が出る直前で空気が引っかかったような、時間だけが不自然に遅くなるような、そんな違和感。でも次の瞬間には、何事もなかったように表情を整え、軽く会釈をした。
「佐藤翔です。本日はよろしくお願いいたします」
その声は落ち着いていて、さっきの一瞬がまるで錯覚だったかのように上書きされる。
私は資料から目を離さず、ゆっくりと顔を上げる。心臓だけが、少しだけ遅れて騒がしくなるのを感じながらも、表情には出さないように意識する。
「経理の白石です。本日はよろしくお願いいたします」
声は落ち着いている。少なくとも、仕事としては問題ないはずだ。