10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
視線が一瞬だけ交わる。でも、それ以上は何もない。そんな中、隣に座っていた美織ちゃんが小さく首を傾げた。
「……どうしました?」
佐藤さんの動きが、ほんのわずかに止まる。ほんの一拍だけの沈黙。何か言いかけたような間。でもそれはすぐに飲み込まれるように消えた。
「いえ……失礼しました」
短くそう返し、彼は何事もなかったように資料へ視線を落とす。
美織ちゃんは特に気にした様子もなく、「そうですか」と小さく頷き、すぐに自分の資料へと視線を戻した。
会議はそのまま進行していく。契約スキーム、支払条件、業務範囲、リスク分担。どれも重要な話なのに、妙に遠く感じる。
私は経理として必要なポイントだけを拾いながら、淡々とメモを取る。
何も起きていない。大丈夫。何も心配することはない。大丈夫。そう自分に言い聞かせるたびに、胸の奥だけが少しずつ置いていかれるような感覚になる。
ぎゅっとペンを握りしめる指先に力が入りすぎていることにも気づいているのに、緩め方が分からない。
無意識のうちに、いや、むしろ意識して避けているのかもしれない。
会議が終わるまでの間、私は一度も、不自然なほどに彼の顔を見ることができなかった。