10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない



翔とは、4年の付き合いだった。入社してすぐの頃から、ずっと憧れていた先輩で、気づいたときにはもう、好きになっていた。

忙しい毎日の中で、残業が続いて心が折れそうなとき、何も言わずに隣に来て手伝ってくれた背中。ミスして落ち込んでいたとき、誰よりも先に気づいてくれて、「大丈夫だろ」って、あの少し低い声で言ってくれたこと。

仕事の悩みも、不安も、翔になら不思議なくらい素直に話せた。誰にも見せたくない弱さを、あの人には見せてもいいと思えた。

翔のおかげで、私は少しずつ任される仕事が増えていった。大きな契約も任せてもらえるようになって、成果が出るたびに、世界が広がっていくみたいで楽しかった。

仕事が好きだと思えたのは、間違いなく翔がいたからだ。

あの頃の私は、前しか見えていなかった。もっと上に行きたい、もっと認められたいって、そのことばかり考えていて――気づけば、翔の存在は「そこにあるのが当たり前」になっていた。

大切にしなきゃいけないはずなのに、いつも後回しにしていた。

婚約だって、流れるように決まった。嬉しかったはずなのに、どこか現実味がなくて、ただ周りに祝福されて、そのまま時間だけが過ぎていった。

そして、あの日。差し出された婚姻届。ペンを持った手は、震えていた。書けば、全部が変わる気がした。

今の仕事も、これからの未来も、自分の居場所も。翔は優しく笑って、「無理しなくていいよ」って言ってくれたのに――私は、書けなかった。どうしても、書けなかった。

仕事を続けたい私と、家庭に入ってほしい翔。その価値観の違いは、思っていたよりもずっと大きくて、埋められない溝みたいに広がっていた。


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