10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「へ?」
井口は少しだけ眉を下げて、どこか困ったような、でも優しい顔をしていた。
「大丈夫。元気出せ」
そう言って、ポンポンと軽く私の頭を撫でる。
その仕草は、今までだって何度もあったはずなのに――なぜか今日は、いつもと違って感じた。温度が、少しだけ近い気がした。
「じゃーな」
いつも通りの軽い調子で手を振って、井口はそのまま背中を向けて去っていく。引き止める間もなく、その背中はあっという間に遠ざかっていった。
……なに、今の。
「ずっと見てるよ」って、どういう意味?井口からのスキンシップなんて、今までだって普通にあったし、それに対して特別何かを思ったことなんてなかった。
それなのに、どうして――あんな顔、するの。
胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。その理由が分からなくて、私はしばらくその場から動けなかった。