10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「婚約者?」
ぽかんとした顔で、社長が首を傾げる。
「なんのことだ?」
……は?一緒に住んでるのに、言わないつもりなんですか?確かに、私たちは恋人でもなんでもない。ただ私が仕事で無理をしすぎるからって、半ば強引に同居させられただけ。社長にとって私は“部下”で、それ以上でもそれ以下でもない。
分かってる。分かってるのに――
「しらばっくれても無駄ですよ。黒崎グループ御曹司ともあろうお方が、婚約者の一人や二人、いないわけないじゃないですか」
言葉にしてしまった瞬間、また胸が痛くなる。
……なんで私、こんなこと言ってるの。なんで、こんなにイライラしてるの。なんで――泣きそうになってるの。
「梨沙、おいで」
静かな声で呼ばれて、びくっと肩が揺れる。怒っているわけじゃない。むしろ、驚くくらい優しい声だった。それなのに、心臓が嫌な音を立てる。
……何、言われるの。怖い。逃げたい。でも、逃げられない。恐る恐るソファに近づいて、その隣に腰を下ろす。距離が近い。さっきまで平気だったはずなのに、今はその近さがやけに意識されてしまう。
「顔、見せろ」
低く落ちる声に、ゆっくりと顔を上げる。次の瞬間、ふっと頬に手が触れた。驚いて息を呑む。
「……泣きそうな顔してる」
その言葉に、堪えていたものが一気に揺らぐ。
「してません」
反射的に否定したけど、声が少し震えてしまった。
「嘘つくな」
社長の指が、そっと頬にかかる髪を払う。その仕草があまりにも自然で、余裕があって、どうしようもなくずるい。