10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
低く、静かな声だったのに、その場の温度が一気に下がった気がした。そして次の瞬間、私は思考が追いつくより先に腕を引かれていた。
「えっ……」
気づいたときには、すでに社長の腕の中にいた。距離が、近いなんてもんじゃない。体温が、すぐそこにある。
ど、どうして!?なんで!?社長!?
頭の中が真っ白になる。心臓がうるさいくらいに跳ねているのが、自分でも分かった。
「社長。あくまで、私は仕事としてここにきているだけですから。そんなに牽制しなくても、梨沙のことは取りませんよ」
翔が、少し笑いながらそう言った。
牽制?――その言葉が頭の中で反響する。取る?何を?誰を?意味が分からないまま、社長の腕の力が少し強くなるのが分かった。
「……っ」
息が詰まる。近すぎる。社長の胸元に視線がいってしまって、顔を上げられない。なのに、顔が熱い。絶対に今、赤くなってる。分かる。分かってしまうくらいには、自分の体が正直すぎる。
「随分、溺愛してるんですね」
翔の、どこか呆れたような声が静かに落ちる。空気が少しだけ揺れた気がした。
「そうだが。何か、問題でも?」
「いいえ?」
翔は短くそう返すと、それ以上踏み込んでくることはなかった。ただそのやり取りだけで、会議室の空気が妙に歪んだ気がする。
私はというと、社長の腕の中で完全に思考が追いついていなかった。