10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない



「梨沙」


不意に名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。

はい、と返事をしたときには、社長はもう仰向けに寝転がったまま目を閉じていた。さっきよりも呼吸がゆっくりで、でもどこか苦しそうで、きっと熱でぼんやりしているんだろう。
それでも、私の名前を呼んでくれたことが、どうしようもなく嬉しい。

そんなことに浸っている場合じゃない、と自分に言い聞かせる。迷ってる暇なんてない。とりあえず今は様子を見るしかない。夜中になっても熱が下がらなかったら、そのときは迷わず救急に連れていこう。そう心の中で決めて、私はもう一度社長の様子を見つめた。


「社長。おかゆ食べれます?」

「…んー」


返ってきたのは、はっきりしない曖昧な返事だけだった。その様子を見て、ああ無理だなとすぐに分かる。さっきよりも汗の量が増えていて、シャツは背中までびっしょりと濡れているのが分かる。このままだと体が冷えて余計に悪化してしまうかもしれない。食事よりも先に、やるべきことがある。


「…。」


着替え、という言葉が頭の中に浮かんだ瞬間、思考がぴたりと止まる。

着替え?誰が?私が?社長を?つまり、それって…脱がせるってこと?いやいやいや、無理無理無理。でも、他に誰がいるの?ここには私しかいない。こんな状態の社長を放っておくなんてできない。

冷静になれ。これは介抱であって、やましいことじゃない。そう、これは必要なこと。

そう思っても、心臓のドキドキは全然収まってくれない。


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