10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
気づいたときには、時計の針はとっくに就業時間を過ぎていて、オフィスの蛍光灯の白い光だけがやけに冷たく感じられた。キーボードを叩く音と、時折鳴る電話の着信音が、やけに耳に刺さる。
この時期は毎年こうだ。忙しさに飲み込まれて、ごはんを食べる余裕なんて、端からない。
「…あともう少しだ~」
隣から聞こえてきたその声に、ふっと現実に引き戻される。顔を向けると、美織ちゃんが小さく伸びをしながら、ほっとしたように息をついていた。その表情は少し前の不安そうな顔とは違っていて、私は胸の奥で静かに安堵する。
よかった、さっきのミス、もう引きずってないみたいだ。
そう思った瞬間、自分でも気づかないうちに、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
「美織ちゃん、ちょっと休憩しない?」
声をかけると、美織ちゃんは一瞬きょとんとしたあと、すぐにパァッと顔を輝かせた。
二人で並んでオフィスを出て、自販機の前に立つ。私はいつものブラックコーヒーのボタンを押して、美織ちゃんの分のカフェオレのボタンを押す。
「はい、カフェオレ」
そう言って手渡すと、美織ちゃんは両手でそれを受け取って、少しだけほっとしたように微笑んだ。
「白石さん、今日のミス…本当にすみませんでした」
いきなり深く頭を下げられて、思わず息をのむ。
「美織ちゃんっ、もう終わったことだし、大丈夫だよ。大したことじゃなかったでしょ?それに、私のミスでもあったんだから」
できるだけ明るく、軽く聞こえるように言葉を選んだつもりだった。でも、自分の声が少しだけぎこちないことに気づいてしまう。
「でも…」
小さくこぼれたその言葉に、私は何も返せなくなる。これ以上、この子に嫌な思いをさせたくない。仕事って、もっと楽しいものだって思ってほしいのに。そう願っているのに、うまく言葉が出てこない。