10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない



「毎日パソコンと向き合ってて、正直しんどいです…」

「…そうだよね」


…それしか言えなかった。入社したばかりの頃の自分が、頭の中に浮かぶ。同じように画面とにらめっこして、同じようにミスをして、同じように落ち込んでいたあの頃。

あのとき、私は一人じゃなかった。翔がいてくれた。
何も言えなくなる私の代わりに、そっと手を差し伸べてくれた。

でも今の私はどうだろう。美織ちゃんの隣にいるのに、何ひとつちゃんとした言葉をかけてあげられない。
「続けていれば楽しくなるよ」とか、「ちゃんと成長してるよ」とか、そんなありきたりな言葉が喉まで出かかって、結局飲み込んでしまう。

そんな無責任なこと、言えない。

もしこの子が、あの頃の私みたいに、仕事だけに縛られてしまったら。何も持っていない自分に気づいてしまったら。そう思うと、怖くて仕方なかった。仕事しかない自分。空っぽみたいな毎日。それを、この子にまで背負わせたくない。


「白石さん、カフェオレありがとうございます。あと少しなので、私先に戻りますね」


顔を上げた美織ちゃんは、さっきまでの沈んだ様子を隠すみたいに、精一杯の笑顔を向けてくれた。その笑顔が痛いほどまぶしくて、私はただ小さく手を振ることしかできなかった。

遠ざかっていく背中を見送りながら、胸の奥に残る言葉にならない感情を持て余す。自販機の前にひとり残されて、私は缶コーヒーのプルタブを開ける。プシュッという乾いた音がやけに大きく響いた。苦い液体を喉に流し込む。

だめだ、疲れている。

頭の奥が重くて、考えようとするほど思考がうまくまとまらない。

社長と暮らすようになってからというもの、確かに私に回ってくる仕事の量は以前よりも減った。
無理をさせないように、という配慮だということも分かっている。

でも、この時期だけは別だった。


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