10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
繁忙期はそんな事情なんて簡単に押し流して、容赦なく仕事を積み上げてくる。
それに――原因は、きっとそれだけじゃない。
ずっと、頭のどこかに残っている。消そうとしても消えてくれない記憶がある。あの日のこと。社長とのキスが、どうしても頭から離れない。ふとした瞬間に思い出してしまって、そのたびに思考が止まる。
さっきのミスだって、きっとそれが原因だ。あんな初歩的な見落とし、いつもの私なら絶対にしない。しっかりしないと。そう思うのに、気持ちが追いついてこない。
結局、あの日の社長の発熱は、病院で過労だと診断された。私に「働きすぎだ」と言っていた本人がそれってどうなの、なんて少し呆れながらも、どこかで納得してしまう自分もいた。
「人のこと言えませんからね」そう言ったとき、社長は少しだけ困ったように笑って、「悪い」と軽く頭をかいた。その仕草まで、やけに鮮明に思い出せてしまう。
もちろん、私と社長の仕事量が全然違うことくらい分かっている。それでも、私なんかよりも先に、自分の体を大事にしてほしいと思ったのは本音だった。
そして――あのキスの意味。本当は、ちゃんと聞きたかった。どういうつもりだったのか、あのとき何を思っていたのか。でも、もしはぐらかされたら。
もし、私が望んでいない答えが返ってきたら。
そう考えた瞬間、情けないくらいに怖くなって、結局私は何も聞けなかった。なかったことにしてしまった。自分の中で、勝手に蓋をしてしまった。
でも、その選択を、もうすでに後悔している。だって――それのせいで、こんなにも仕事に手がつかないんだから。
ほんと、何やってるんだろう、私。こんなことで足を止めてる場合じゃないのに。
ぐっと気持ちを切り替えるように、缶コーヒーを飲み干す。最後の一口はぬるくなっていて、さっきよりもずっと苦く感じた。
空になった缶をゴミ箱に放り込んで、小さく息を吐く。