10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
そのままオフィスへ戻ると、まだ誰一人として帰っていなかった。
カタカタ、カタカタ、と規則的に響くキーボードの音が、張り詰めた空気をより一層強くしている。それぞれが画面に向かっていて、誰も無駄な言葉を発しない。
そんな空間の中で、自分の席に戻る。
――頑張ろう。そう心の中で呟いて、椅子に腰を下ろした、その瞬間だった。
「…部長、原価まだ合いません」
目の前に座る同僚の声が、静かに、でも確実に空気を揺らした。
「どの差?」
「約2300万ズレてます」
その一言で、時間が一瞬だけ止まった気がした。
――2300万。頭の中でその数字を反芻する。“よくある誤差”なんてレベルじゃない。明らかにおかしい金額だ。
心臓がドクン、と大きく脈打つ。
もしかして――私のミス?さっきの見落としだけじゃなくて、まだどこかに致命的なミスがあるのかもしれない。嫌な予感が、じわじわと背中を這い上がってくる。
焦りで指先が少し震えるのを感じながら、私はすぐに画面に視線を落とし、マウスを握りしめた。
スクロール、スクロール、スクロール。
数字の羅列が目の前を流れていくのに、うまく頭に入ってこない。
落ち着いて。深呼吸しなきゃ。そう思えば思うほど、逆に呼吸が浅くなる。
お願い、どこでズレてるの――。