10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
そのとき、「あ…」と、誰かが小さく声をあげた。その一音だけで、空気が一変する。
反射的に顔を上げると、視線の先――フロアの入り口に、社長が立っていた。
一瞬で張り詰める空気。誰も「お疲れ様です」と言わない。いや、言えない。
「まだ締まってないのか?」
「現在、最終調整中でして…」
部長がすぐに答えるけれど、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。
「調整中って、何をしている?」
間髪入れずに被せられた言葉に、部長の口がぴたりと止まる。その一瞬の沈黙が、余計に重い。社長はそのままゆっくりと歩き出し、部長のデスクの横に立つと、無言でパソコンの画面を覗き込んだ。その仕草ひとつで、周囲の視線が一斉にそちらへ集まる。
「この差額は?」
「原価の未計上の可能性が…」
「可能性?確定してないのか?」
また、沈黙。誰も言葉を挟めない。社長はため息すらつかない。
「この項目の担当誰?」
「…白石です」
部長の声で、自分の名前が呼ばれる。その瞬間、心臓が強く跳ねた。