10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「…社長。私のミスで帰りが遅くなってしまってすみません…」
やっとの思いで絞り出した声は、自分でも驚くくらい小さくて、弱々しかった。ただ遅くなっただけじゃない。社長の時間も、経理部のみんなの時間も、全部無駄にしてしまった。迷惑ばかりかけている。ほんと、何やってるんだろう、私。
額に手を当てて、思わずため息がこぼれる。消えてしまいたい、なんて、そんなことまで考えてしまう自分が嫌になる。
「とりあえず、入れ」
優しく促されて、逃げ場を失ったようにリビングへ足を踏み入れる。いつもと同じはずの空間なのに、今日はどこか居心地が悪い。ソファに腰を下ろすと、キッチンに立つ社長が振り返る。
「何か飲むか?」
その何気ない一言に、胸がまたチクっと痛む。
「…水で、お願いします」
短く答えると、社長は「わかった」とだけ言ってコップを用意し始める。このやりとりだって、いつの間にか当たり前になってしまっている。甘えすぎてる。きっと私は、この人の優しさに、ずっと寄りかかってきた。
仕事もちゃんとできていないくせに、守られてばかりで、このままでいいはずがないのに。
「梨沙、俺も言い過ぎた。反省してる」
低くて落ち着いた声と一緒に、視界の端に差し出されたコップがふたつ揺れる。気づけば社長はすぐ隣に座っている。
どうしてそんなことを言うの。謝らなきゃいけないのは、どう考えても私のほうなのに。
胸の奥がぐしゃぐしゃにかき乱されて、うまく呼吸ができない。悔しさが込み上げて、気づけば唇を強く噛みしめていた。