10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「梨沙、大丈夫か?」
恐る恐る顔を上げると、目の前には眉を下げて心配そうにこちらを見つめる社長がいる。その表情が優しすぎて、また胸が痛くなる。
「…っ、」
「梨沙?」
どうしてそんな顔をするの。どうしてそんなふうに、当たり前みたいに私のことを気にかけるの。部下だから?それとも、また私が倒れられたら困るから?
頭の中に、ぐるぐると疑問が渦巻く。あの日のキスが、ふと脳裏をよぎる。
あれは何だったの。どういう意味だったの。私のこと、どう思ってるの。聞きたいのに、聞けない。怖くて、壊れてしまいそうで、口に出せない。中途半端な優しさが、一番残酷だってこと、どうして分かってくれないの。
こんなに苦しいなら、いっそ仕事の時みたいに、あの鋭い目で突き放してくれたほうがいいのに。
期待なんて、持たせないでほしいのに。
「…社長、すみません。今日は、一人にしてもらってもいいですか?」
できるだけいつも通りに、できるだけ崩れないように、無理やり口角を上げて言葉を紡ぐ。声が震えていないか、そればかりが気になった。
大丈夫、まだ大丈夫。
社長は何か言いたげな顔をしていたけど、その言葉を聞く前に、私は立ち上がっていた。
これ以上ここにいたら、きっと全部こぼれてしまう。視線を逸らすようにして食卓を見ると、温かそうな料理が並んでいるのが目に入る。きっと、帰りが遅くなる私のために用意してくれたんだろう。その優しさが嬉しくて、でも同時にどうしようもなく苦しくて、胸が締めつけられる。
ありがとうって言いたいのに、今は言えない。顔を見たら、きっと今度こそ泣いてしまうから。
何も言わないまま、足早にリビングを出る。背中に感じる気配に気づかないふりをしながら、ドアを閉めた瞬間、張り詰めていた糸が切れそうになるのを、ただ必死にこらえることしかできなかった。