10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
居酒屋を出ると、夜風が少しだけ熱を帯びた体を冷ましてくれる。店を出て紗耶香と別れる。反対方向なのが、少しだけ寂しい。もう少し一緒にいたら、もう少しだけ、何か整理できたかもしれないのに。そんなことを思いながら、一人で歩き出す。
アルコールがじんわりと全身に回っていて、頭が少しふわふわする。足取りもいつもより軽くて、でもどこか頼りない。ネオンに照らされた道をぼんやりと眺めながら駅へ向かっていると、不意に前方に見覚えのある人影が目に入った。
「白石?」
「…井口!」
思わず声が弾む。久しぶりに見る顔に、自然と足が前に出る。そのまま駆け寄ろうとした瞬間、ヒールが何かに引っかかって、ぐらりと視界が揺れた。
「わっ…!」
次の瞬間には体が前に倒れ込んでいて、そのまま井口の胸にぶつかるように飛び込んでしまった。
「あ、ぶねーっ…」
低い声と同時に、しっかりと支えられる腕の感触。倒れずに済んだことにほっとするより先に、恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。足元を見ると、片方の靴が脱げてしまっていた。バランスを崩したまま動けずにいると、井口が私を支えながらそのまま手を伸ばして靴を拾う。
「ご、ごめんね井口」
「ん」
短く返事をして、井口はそのまま私の前にしゃがみ込む。自分で立とうとするとふらつきそうで、思わずしゃがんでいる井口の肩に手を置いた。上から見下ろす形になって、ふと目に入るのは井口のつむじ。当たり前だけど、こんな角度で見るのは初めてでなんだか笑ってしまう。