10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない



——初めて、社長の家に泊まったあの日。訳も分からず部屋から飛び出そうとして、勢いよく開いた扉。バランスを崩して倒れそうになった私の背中に回った、大きな手。簡単に抱き留められたあの瞬間。逃げ場をなくしたみたいに、心臓がうるさく鳴っていたあの夜。

思い出した途端、顔が一気に熱くなるのが分かる。


「白石?」


すぐそばで名前を呼ばれて、ハッと現実に引き戻される。

やだ、私。何考えてるの。今、助けてくれたのは井口なのに、どうして社長のことなんか思い出してるの。しかも、今でもこんなにドキドキしてるなんて。

自分でも呆れるくらい、頭の中が社長でいっぱいになっていることに気づいて、余計に恥ずかしくなる。
そんな私を見て、井口の表情が少しだけ強張る。そして次の瞬間、ぐいっと手を引かれた。


「え、ちょっ…!」


そのまま有無を言わさず歩き出す井口。駅の方向へ向かって、迷いなく進んでいく。後ろから「井口!」と呼びかけても、振り向く気配はない。歩幅が大きくて、ついていくのがやっとで、ヒールの音が不安定に響く。


「ちょっと、歩幅がっ…」


言いかけた言葉は、夜の雑踏にかき消される。車の音や人の声が混ざり合って、うまく届かない。


「今の、俺のせいで顔赤くしたわけじゃないだろ」


前を向いたまま、井口がぽつりと呟く。


「え?」


思わず聞き返すけど、そのまま歩き続けるから、表情が見えない。


「井口、なんて——」


言いかけたその瞬間、井口が急に立ち止まった。引かれていた手が止まり、私も慌てて足を止める。

なんだか様子がおかしい。さっきまでと空気が違う。もしかして、私以上に酔ってるんじゃないの…?


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