10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
誰もいないフロアに、キーボードを叩く音だけがやけに大きく響いて、余計に孤独を感じる。
だけど、ここで手を抜くわけにはいかない。
だって、明日からは新年度。新入社員だって入ってくるし、また新しい1年が始まる。主任として、ちゃんとしていなきゃいけない。
そう思えば思うほど、簡単に「帰ろう」なんて言えなくなる。
さっき自分で「どこにでもいる平凡なアラサー」なんて言ったけど、ひとつだけ、平凡じゃないことがある。
それは――私が働いているこの会社が、国内でもトップを争うほどの大手企業、星川商事だということ。
学生の頃はまさか自分がこんな会社に入れるなんて思ってもいなかったし、今でもどこか実感がない。
ただ毎日、目の前の仕事をこなすだけで精一杯で、自分がどれだけ大きな場所にいるのかなんて考える余裕もなかった。
「ふぅ…明日から新年度か」
小さくつぶやいて、ふと壁にかけられたカレンダーに目をやる。
ページをめくれば、また新しい日々が始まる。
忙しいのはきっと変わらない。
それでも、少しだけ空気が変わる、そんな日になるはずだった。
ほんの少しだけ、何かが変わる予感を抱きながら、私はパソコンの画面に視線を戻す。
――このときの私は、まだ何も知らなかった。