10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「へー。経理部長がめちゃくちゃ有能だったわけだ」
井口が呟くと、なぜか紗耶香が少し誇らしげにうなずく。
「そりゃそうよ。なんせ、この梨沙の教育係だったんだから。ね、梨沙」
その言葉に、私の中で緊張と安堵が入り混じる。
あの日から何度も教えられた帳簿の数字の裏にある意味、そして経理部長が抱えていた責任の重さが、今になってじわじわと胸に迫る。
「でも…なんで、部長は黒崎グループに…」
星川商事にとって黒崎グループは、ただの競合なんかじゃない。ずっと追いかけ続けて、それでも一度も追いつけなかった、越えられない壁みたいな存在だった。
どれだけ努力しても届かない、その背中を見上げることしかできなかった相手に、どうして部長は自ら関わろうとしたのか、理解できなかった。
「それは、私たち社員を守るためなんじゃない?」
向かいに座る紗耶香が、迷いのない口調でそう言ったかと思うと、手に持っていたビールをぐいっと一気にあおる。
「役員も総入れ替えしたってことはさ、つまり何かしら関わってたってことでしょ?もし内部で不正があったとして、それを誰にも相談できないままいきなり警察に持ち込んだら、どうなると思う?社員全員が疑われるのよ。特に経理部なんて、真っ先に目をつけられるに決まってる」