10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「だからさ、別にいいの。今のままで」
そう言いながら、グラスに残った氷を指先でくるりと回す。
カラン、と小さな音がして、それがやけに耳に残った。
本当に、そう思っているはずなのに――どうしてだろう。
さっきから頭のどこかに、黒崎社長の姿がちらつく。
低い声も、真剣な眼差しも、ふとした瞬間に見せたあの優しさも、全部が中途半端に残って離れてくれない。
「…でもさ」
紗耶香が、少しだけ優しい声で口を開く。
「“もういない”って決めるのは、早くない?梨沙が思ってるより、ちゃんと見てる人はいると思うよ」
その一言が、静かに胸に落ちてくる。反論しようとして、言葉が出てこない。
そんなふうに言われると、ほんの少しだけ――ほんの少しだけ、期待してしまいそうになるから。
「…期待するの、苦手なんだってば」
小さく笑ってごまかすけれど、その声はどこか弱くて、自分でも頼りないと思った。
期待しなければ、傷つくこともない。そうやって守ってきたはずなのに――どうして今さら、こんなふうに揺らいでいるんだろう。
「梨沙、そんなこと言わないでさ。こーんな魅力たっぷりの女、心配しなくても男たちが放っとくわけないから」
紗耶香がわざとらしく肩をすくめながら笑う。