10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
荷物を持って、一瞬洗面所によって顔を確認する。
広すぎる洗面所に驚きながら鏡を見ると、思わずため息が出そうになる。
髪を適当に結び、軽く整える。
誰もいないし、社長だって出社すると言っていたし、こんなにこそこそする必要はないはずなのに、どうしても心臓がドキドキしてしまう。
速足で廊下を駆け、玄関へ向かう。
私の住むアパートとは比べ物にならない広さの玄関に圧倒され、思わず一歩立ち止まる。
ヒールの高い靴を履き、覚悟を決めてドアを開ける。
鍵は見つからなかったけれど、オートロック式で安心した。
だが、マンションなのか一軒家なのかすらわからず、あまりにも私の知っている住まいとは違いすぎて、頭がくらくらする。
適当に歩いているとエレベーターを見つけ、表示を確認して愕然とした。
ここは70階……。
クラッとめまいがして、思わず手すりにしがみつきそうになる。
さすが、日本一の代表取締役……。
でも、そんなことを考えている場合ではない。今考えている余裕なんてないのに、つい「いつか私もこんなところに住んでみたいな~」なんて思ってしまい、慌てて頭を振る。
そう、黒崎社長の言いつけを守らず、勝手に出社しようとしているんだから、こんな悠長なことを考える暇はないのだ。
70階から地上まで降りる時間が、これほど長く感じたことはなかった。
平日のこの時間だから、他の階に止まることはなかったものの、緊張と焦りで息が詰まりそうになる。
もし見つかったら、確実に怒られる……今度こそ、本当にクビになるかもしれない。
そう思いながらも、心のどこかで冷静に考えていた。
今、この時期に私が抜けるなんて絶対にあってはならないことだ。
黒崎社長は部長に私のことをなんと説明したのかは知らないけれど、きっとみんな困っているはず……。