10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「……俺の名前、知らないことないよな?」
低く落ちる声。
そんなの、知らないわけがない。だって、この人は――私の上司で、社長で。
「あ、う……」
うまく言葉にならない。自分でも何を言っているのか分からないような、情けない声が漏れる。心臓の音がうるさすぎて、頭が真っ白になる。
「ほら、梨沙。呼んでみて」
逃げ場なんて、どこにもなかった。その声に抗えない自分がいることが、何よりも怖い。
きゅっと唇を噛みしめて、視線を逸らしたまま、震える声を絞り出す。
「あ……蒼、さん」
言った瞬間、全身の血が一気に顔に集まるみたいに熱くなった。
……なにこれ、恥ずかしすぎる。いっそのこと、このまま消えてしまいたい。こんなことでこんなに動揺してる自分が情けないし、悔しいし、もうほんとに無理。
自分で言わせたくせに、何も言ってこないその沈黙が余計に気まずくて、耐えきれずにそっと横目で様子をうかがう。
すると、そこには――余裕そうに口元を緩めている社長の姿。
「いいな」
「……え?」
………なにが、いいの?
理解が追いつかなくて、ただ目を瞬かせるしかできない。
「その呼び方」
さらっと言われたその一言に、また心臓が大きく跳ねる。