10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
2日ぶりに入った部屋は、思っていたよりも静かで、思っていたよりも何も変わっていなかった。
しっかりするのよ、梨沙。絆されちゃダメ!
自分に言い聞かせて、軽くペチン、と頬を叩く。
……うん、よし。とりあえず服と、本と、それから最低限の生活用品。
私は大きめの鞄を引き寄せて、手当たり次第に必要そうなものを詰め込んでいく。
社長には「必要最低限でいい」って言われてるし、それに従うだけだ。
そう自分に言い聞かせながら、部屋全体をぐるりと見回す。
……なのに。どうしてだろう。言葉にできない感情が、胸の奥からじわりと押し寄せてくる。
……そうだ。私……。
「……仕事以外、何にもない人間だった」
視線の先にあるのは、寝室のベッド横のサイドテーブル。その上に置かれた、小さな箱だった。
私はその箱から目を逸らすことができない。
未練があるとか、そういう綺麗な感情じゃない。ただ、自分がそこに縛られていたという事実だけが、冷たく残っている。
何もない部屋。何もなかった自分。気づきたくなかった現実が、今になってやっと形を持ってしまった気がした。
私はその箱を乱暴に掴むと、勢いのまま鞄の奥へと押し込んだ。見えないように、思い出さないように、蓋をするみたいに。
そして、もう一度だけ部屋を見渡す。何度も過ごしたはずの場所なのに、今日はまるで知らない部屋みたいに見えた。
「……さよなら」
小さく呟いて、私はドアに手をかける。この部屋に戻ってくることは、もうないだろう。そう思いながら、静かに背を向けた。