社長、その溺愛は計算外です

私が近づいていくと、圭佑さんがこちらに気づいた。

その瞬間、彼の口元がほんの少しだけ、緩んだ。

「梓さん」

「……圭佑さん、ここは会社です。アポイントもなく来られても……」

「分かっています」

圭佑さんが静かに、けれど確かに私の言葉を遮った。

「それでも、来ずにはいられなかった。君の瞳を見ないと、次の一歩を踏み出せそうになかったから」

「っ……」

「少しだけ、時間をもらえませんか?」

彼が、私の手首を掴んだ。

ロビーには、他の社員もいる。受付スタッフが、こちらをちらりと見ている。

「圭佑さん、ここでは……」

「……離したくない」

低い声が、私の鼓動を直接掴むように響いた。

彼の指先から伝わってくる熱は、微かに震えているようにも感じられた。

「梓さんが嫌だと言うなら、離します。もし、嫌じゃないなら──俺の話を聞いてください」

強引なのに、乱暴じゃない。必死なのに、みっともなくない。

この人は、いつだってそういう人だ。

分かっている──だから、抗えない。

「……ロビーの端で。五分だけですよ」

声を落として言うと、圭佑さんが頷いた。

私たちは、人目の少ない場所に移動した。

「梓さん」

圭佑さんが、私を見た。

「今、俺の手元には何もない」

「……え?」

「本当は、全部解決してから来ようと思っていた。でも、それより先に確かめたいことがあって」

彼の目が、私を見る。
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