社長、その溺愛は計算外です
「梓さんが、まだそこにいるかどうか」
その問いに、喉の奥が熱くなった。
「答えは要らない。ただ、逃げないでいてほしい」
その言葉には、懇願とも宣言とも違う、剥き出しの切実さがあった。
「会社のこと、父親のこと、麗華さんのこと。全部に決着をつける。だから──」
彼の手が、私の手をもう一度強く握った。
「俺から、逃げないでください」
「圭佑さん……」
「それだけ、お願いします」
一瞬、間があった。
「俺には──梓しかいないから」
息が、止まった。
周りに人がいることも、仕事中であることも、全部が遠くなった。
逃げていたのは、私だ。
傷つくのが怖くて、全部が見えるまで待とうとして──でも、この人は今、何も持たないままやって来た。
唇を引き結んで、私は視線を床に落とした。
「……五分、過ぎました」
「梓さん」
「今日は、帰ってください」
私は、彼の手をそっと外した。
触れられていた場所が、火傷をしたように熱い。
彼がどんな顔をして私を見ているか、確かめる勇気は、今の私にはなかった。