社長、その溺愛は計算外です
「あなたに、意地悪をしに来たわけじゃなかった。なのに、先週はそうなってしまった」
「……いいんです」
私は首を横に振った。
「麗華さんも、ずっと一人で抱えてきたんですよね」
麗華さんの表情が、少し崩れた。
長い沈黙の後、彼女は小さく頷いた。
「失礼しました。またいつか、お話できれば」
立ち上がりながら、麗華さんは一度だけ空を見上げた。その横顔に、先週の鋭さはなかった。
答えを探している人の顔だった。
彼女は歩き出す前に、左手の薬指に光る大粒のダイヤを、自嘲気味にそっとなぞった。
私は、その動作を見ていた。その意味を、問わなかった。
問えなかった、というのが正直なところだった。
麗華さんにとってのこの婚約が、義務なのか、未練なのか、あるいはまだ諦めていない何かなのか、私にはまだ分からない。
彼女は、歩いていった。
私も、麗華さんも、圭佑さんも──きっと今、同じ問いを抱えている。
答えは、まだ誰も持っていない。
そして明日、私は圭佑さんに会いに行く。
全部が見えなくても、逃げないと決めた。それだけは、もう揺るがない。